マーケットってどんな場所? 『紅楓庵いとうファーム』

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皆さんは、モノを買いに行く時はどこに行きますか?
近所のスーパーや商店街、もしくは仕事帰りにフラッと立ち寄るお店。
はたまたオンラインショップでポチッとボタンを押せば、翌日には届く時代です。
限られた日程と時間の中で、対面で販売する“マーケット”には一見、不自由なことも多く見えます。
それでもマーケットで販売する出店者さんには、
きっとマーケットだからこそのエピソードや想いがあるはず。
今回は歌舞伎座朝市やあおいちマルシェにご出店いただいている
「紅楓庵いとうファーム」の伊藤さんにお聞きしました。

  • Photo:

    Mana Hasegawa

  • Text:

    Shoya Yamaguchi

本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介からお願いしてもよろしいでしょうか?

よろしくお願いいたします!山形県天童市で多品目の果物を栽培している「紅楓庵いとうファーム」の伊藤亜希子です。育てている品目はさくらんぼ、もも、ぶどう、洋梨、りんごを中心に年間約30品目の果物を栽培、販売しています。2年前に初めて歌舞伎座朝市で出店をしたのが、マーケットに出るきっかけになりました。以降、月1で東京のマーケットに出店しています。マーケットではお客様の声を大事にしながら、果物をお届けしたいと思っております!


ありがとうございます!農業はご自身で始められたわけではなく、ご両親がされていたところを継いだという形なんですよね?

そうですね。代々農家をやっており、160年間農業に携わっている家系です。両親よりも先代の祖父母がかなり手広くやっていたところを引き継いでやっています。


マーケットでは、旬の果物とドライフルーツを販売。果物そのままの姿は、彩り鮮やかでついつい立ち止まってしまいます。

祖父母の代では果樹以外にもやっていらしたということでしょうか?

元々はお米や麦からはじめて、天童市の寒暖差が激しい気候や水はけがいいという特徴が果樹に向いているということで、祖父母の代で果樹を手広くしたようです。


今も米の栽培は行っているのですか?

途中まで両親の代では育てていました。現在は果樹のみを育てています。


そうなんですね。伊藤さんご自身は、社会人になってからすぐに農家になったわけではないのですよね?

そうですね。元々はIT業界におり、5年前に農業に転職しました。


最初から農業を継がなかった理由はあるのでしょうか?

興味がなかったから、というのが正直なところですね。食に対してもあまり興味がなく、それどころか果物はあまり好んで食べていませんでした。今でもそんなに食べないんです。


てっきり果物がお好きなものだと思っていました。今でもあまり食べないというのには驚きです!

果樹農家だと綺麗な果物を食べる機会がないんですよね。家にはすごい量のくず物が置いてあるという環境で育ったので、果物が高価だという認識も全くなかったんです。食に元々そこまで興味がなかったですし、農家になることも全く視野になかった。なので、興味があったIT系の職で働きました。


ご両親から継いでほしいというお話はありましたか?

全くなかったです。弟が2人いるので、弟は継ぐプレッシャーを感じていたかもしれないですね。


そうなんですね。そこから農家になるまでに、どんなきっかけがあったのですか?

就いていた仕事にはやりがいもあり、辛くてもこれまでのキャリアを捨てられないというプライドがありました。ただ、子どもが産まれて仕事と子育てを両立するとなったとき、「今の環境が本当に自分に合っているのか?」と人生について改めて考えたんですよね。
子どもたちを連れて実家に帰る機会も増え、一緒に畑にも行くようになり「あれ?農業もいいな!」と。選択肢の中にパッと出てくるようになりました。そこからはスッと農業の道に進んだという感じです。なので子どもたちの存在が農業をやるきっかけになりました。


この日は、娘さんもマーケットのお手伝いに。果物の陳列やお渡し、お会計と働き者!

元々果物をそこまでお好きではなかったとおっしゃっていましたが、果物に対する想いにも変化はありましたか?

変わりましたね。それも、子どもたちの影響です。子どもたちは果物が大好きなんですよ。祖父母が孫たちに、いい果物をあげているというのもあるかもしれないですね。果物が大好きな子どもたちから、果物の価値を教えてもらいました。
また、畑の気持ち良さや自然のありがたみも思い出しましたね。私も子どもの頃は、畑に行って遊ぶのが日課でした。畑で何かをやるというのは、私にとっては「原点回帰」。畑は安心する場所ですね。


そのときに自分の居場所って「ここかも」という風に考えられたのですね。

本当にそうですね。自分の居場所を思い出させてくれたというのは大きいです。


そこから農業の道に進まれて、最初はどのようなことから始められたのですか?

子育てをしながらということもありますし、両親から少しずつ教わりながらやっていました。自分でやり始めたのはSNSの発信ですね。


SNSではどのようなことを発信されていたのですか?

それまでは、自分の中で農業は暑かったり寒かったりする中で力仕事をするという、大変なイメージがありました。好きで農業をやるってどういう感覚なんだろう、と思っていたぐらい…。ですが、自分が農業の世界に入って実際にやってみたときに、なんて素晴らしい職業なんだと思ったんです。元々働いていたIT業界では、まさにストレスだらけ。生活の中で何をやってもストレスが取れなかったのですが、畑で作業しているとだんだんストレスが解けていくような感覚を体験しました。

なので、疲れている現代人に向けたような発信をしていましたね。そうしていると、同じように違う業種から農業の道に進んだ方々と繋がれるようになっていき、農業に対するイメージももっといい方向に深まっていきました。


SNSでは農業の良さを伝えたいという想いから、同じような境遇の農家さんと繋がるようになったのですね。消費者の方々に向けての販売では、どうですか?何か、新しく取り組まれたことはありますか?

それまでは卸しが中心だったところから、直接販売するようになりました。SNSで繋がった方から、「直接販売しませんか?」というお声がけをいただいたんです。そこではじめて直接販売する、ということが求められていることに気付きました。

WEB販売もしていますが、顔の見えない相手に個別で対応する販売方法の大変さは、今でも感じています。農家は、農作業をやりながら生活していくだけの収入を得なくていけないということが根底にあり、スムーズな流れをつくることが非常に大事です。その流れの中で、クレーム対応などをしていくのはやはり難しいんですよね。


直接販売というと、ネットでの販売だけではなくマーケットでの販売もありますよね。その2つは伊藤さんにとって別物なのでしょうか?

全くの別物ですね!マーケットでの販売はストレスがないんです。対面だと本音を伝えられるというのが大きいです。自分の中でストレスがないというのは、農業を始めるきっかけでもあり大事な要素なんですよね。以前の職種も営業だったのですが、会社を背負っての営業だと本音で話せないじゃないですか。そこはやはり大きなストレスで、WEB販売も同じように綺麗な写真を前面に出して売り出すというところに違和感を感じてしまうんです。

最初に歌舞伎座朝市へ出店したときは、綺麗なものを選んで持って行っていました。ですが、出店していく中で多少の傷ものがあっても、自分が思っているほどお客さんは気にされないことが分かってきました。マーケットで販売していたからこそ、気付けた点ですね。
WEB販売では伝えられない想いや本音、人柄などをマーケットの対面販売では伝えられる。そういった対面販売の大切さを教えてくださったのは、最初の歌舞伎座朝市でご一緒したBROOKLYN RIBBON FRIESのひささんなんですよね。(『BROOKLYN RIBBON FRIES』鈴木さんへのインタビューはこちらから)


同じ出店者の『BROOKLYN RIBBON FRIES』ひさ(鈴木)さんの影響も大きいのですね。そもそも歌舞伎座朝市には、どのような経緯で出店されたのですか?

2021年の5月に出店の案内をいただきました。ただ、その時はコロナのこともあり、お断りしたんです。その後、7月くらいに再度お声がけをいただいて。「やってみようかな」と思い、11月に初出店しました。「最初は都会で果物を売るなんて!」という感じですごく緊張していたのですが、会場で『BROOKLYN RIBBON FRIES』ひさ(鈴木)さんと平間さん(4Nature・代表)に話しかけていただいて、マーケットってなんかあったかいなと感じました。


お客さんへ渡すプラムを選ぶ伊藤さん。果物を優しく扱うその手つきから、愛情を感じます。



お包みしながら、果物の特徴や美味しい食べ方を教えてくれます。農家さんだから知っているお話もたくさん聞けますよ!

マーケットでの対面販売で心掛けていることなどはありますか?

最初は試食をばら撒くように配っていたんですが、それだと食べて通り過ぎていくだけで何も生まれないことが多かったんですよね。そこから、一人のお客さんに時間をかけるように変えてみました。そのやり方って、一見すると時間の無駄になりそうなイメージがあったのですが、やってみると本音で想いを伝えられますし、実際に購買率も上がりましたね。


お声掛けする時に必ず伝えることはありますか?

何かを伝えたいというよりも、別に買ってもらわなくてもいい、くらいの気持ちで話しかけていることが多いですね。「この人と仲良くなってみたいな」、という感覚。試食も「美味しいから食べてみて!」という感じですね。
この感覚は、前職で営業していたのも影響しているのかもしれませんね。売り込むと逆に買ってくれないということも分かっているので、無意識の内に営業の経験を活かしているのかもしれないです。


お客さんとの距離感をうまく取りつつ会社員の時の営業とは違い、本音で果物の良さを伝えているということなんですね。

そうですね。果物を自分で育てていると、果物も我が子のような感覚で。「この子達美味しいでしょ?」みたいな。そこの想いはなかなかWEB販売では伝えられないので、マーケットでの対面販売ならではの良さですね。


マーケットで販売している中で、お客さんとの印象的なエピソードってありますか?

去年、冷凍洋梨を試食に出したんです。その時に、「え!洋梨ってこんなに美味しいの!?もっと持ってきてよ」という声をたくさんいただきました。そこで初めて洋梨ってまだまだ認知度が低い果物なんだな、ということを実感しました。
確かに、追熟のタイミングや食べ方などは馴染みがない方が多いですよね。お客さんに求めていただいたことで、私たちの周りでありふれていた洋梨が、実はとても価値があるんだって。お客さんとの会話から気づきました。


WEB販売とマーケットでは、農家から直接買ってくれるという意味では一緒かもしれませんが、コミュニケーションの取り方で大きな違いがありそうですね。

全然別だと思っています。一口食べてから、買う買わないの判別ができるのは大きいですよね。食べないで買うっていうのはハードルが高い。反応を間近でみられるのはマーケットならではですし、洋梨の価値やおいしさをお互いに知れたのは試食があったからこそですね。


朗らかな笑顔が素敵な伊藤さん。伊藤さんからも、果物からも元気と癒しをもらえます!

これからチャレンジしてみたいことはありますか?

農家が農家として生計を立てられるようにするのは、第一次産業を継続させていく上で一番大事なことです。私の中で果物は、綺麗なものだけでなく傷ものにも価値があると思っています。なので、全ての果物がしっかりとお金に変わる販路や環境つくりが大切になってきます。
どうしても生鮮の果物は、あしが早いんです。でも、ドライフルーツにすると1年くらい保てるようになります。そういう意味で、加工品に力を入れていきたいと考えています。より農家の頑張りが、しっかりとお金に還元される仕組みを作るというのが目標ですね。

また自分自身にストレスをかけないことを意識して農業をやっていますが、繁忙期などはまだまだ難しい。生産に集中したいときに販売した果物でトラブルがあると、ものすごいストレスになってしまうんですよね。そういった点でも、加工品を上手く活用することで、販売の部分でも大きな助けになると思っています。
併せて、洋梨は天童市を代表する果物ですし、実は私の農園で一番生産量が多いのも洋梨なんです。地元の農家とも「洋梨の認知度を高めていきたいよね!」と、話しています。この取り組みは私1人だけでなく、天童市の農家さんたちと協力しあって追及していきたいと思っています。みなさんにも天童市に遊びに来ていただきたいですね!






今回は山形県からマーケットに出店していただいている、紅楓庵いとうファームの伊藤さんにお話を伺いました!子育てをきっかけに自分が安心できる居場所が畑であることに改めて気づき農家の道へと進んだ伊藤さん。そんな伊藤さんが、山形天童市で愛情を込めて作った果物が手に入るだけでなく、直接お話ができる場所として、皆さんもぜひマーケットに足を運んでみてはいかがでしょうか?


プロフィール
紅楓庵いとうファーム
江戸時代の末期(1860年頃)から代々続く当農園はさくらんぼ、桃、ぶどう、りんごなど年間約30種類の果物を栽培。愛情たっぷりの果物の、その甘さ、美味しさにきっと驚くはず!毎月、山形から東京のマーケットへも出店。幅広い世代、地域の方々へ山形の果物を届けている。

公式HP
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