末永いお付き合い|『NEW VALLEY』千葉芳裕さん

feature

壊れても修理に出してまた使う
無くしてしまったら代用が効かない
実用性や機能性が二の次になってしまう
たとえ使えなくなったとしても手放せない

そんな私たちの中に込み上げる、愛着。
何かを愛おしく思う気持ち
大切にする気持ち、大事にしたい。

自身が愛着のあるものについてお話をお聞きします。
今回は「NEW VALLEY」千葉芳裕さんです。

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    Mana Hasegawa

  • Text:

    Mana Hasegawa

プロフィール
NEW VALLEY|千葉芳裕さん
二子玉川の商店街にある、昼から呑めて、夜まで飲める街の酒屋『NEW VALLEY』の店主。店内には、数えきれない種類のワイン、クラフトビールにコーヒー、調味料が並ぶ。2022年には、家族や仲間(ファミリー)と集えるレストラン『ファミレス by NEW VALLEY』をオープン。あだ名は「ムーミン」。趣味は、昔、手を出せなかった洋服などを買う“思い出の回収”。

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本日はよろしくお願いいたします!今回“愛着のあるもの”に、「ソムリエナイフ」を選んでくださったんですよね!

「ソムリエナイフ」とは、ワインのコルクを開けるのに使う道具です。ワインというのは、どうしても開けないと呑めないので。ソムリエナイフを使うようになって、20年ですかね。今使っているのは、3代目。2代目も今日持ってきました。

お持ちいただいた2代目と3代目は、同じメーカーのソムリエナイフなのでしょうか?

『シャトー・ラギオール』という、フランスの有名なソムリエナイフメーカーのものです。蜂のマークが付いていて。みんなソムリエになると、「やっぱりラギオールだよね」とまずお金を貯めて手にするのが、ここのソムリエナイフなんです。
種類もデザインも結構いろいろあるんですけれど、ワイン輸入の仕事を始めてからは2代目のソムリエナイフを主に使っていました。お店を始めてからは、3代目を主に使っています。

手前が2代目、奥が3代目。持ち手のカーブ、長さによっても使いやすさが変わるそう。



3代目のCartailler Deluc(デュルック)のソムリエナイフ。デザインは無駄がなく、とてもシンプル。

今使われている3代目は、かなりシンプルですね!

最終的にシンプルでオーソドックスなこれに収まりましたね。もっと開けやすいソムリエナイフは他にたくさんあるんですけれど。なんか、ポケットに入れた時の収まりがいいんですよね!手持ち無沙汰な時に、ついカチカチと触ってしまう。

ソムリエナイフは、ワインを仕事にするのにまず必要な道具なのですね。千葉さんがワインを仕事にされてから20年ほど、とのことですがワインは昔から好きだったのですか?

『NEW VALLEY』を始めるまで、20年ほど飲食店やワイン輸入の仕事で働いていました。実はワインがすごく好きだった訳ではないんです。きっかけは“モテたかった”から!
飲食店で働いていた時、異動先の店舗を好きに選んでいいよ、と言われたんです。当時、気になっている人が受付していた、同じ系列店舗のワインバーを選びました。でも、僕が異動したタイミングでその子、辞めてしまって…。だけど「ワインバーにいきたい」と言って異動したからには、ワインの勉強しなくちゃ、と。

気になっていた人を追いかけて…がワインの道に進むきっかけなのですね!元々ワインが好きだった訳ではない、というのがとても意外でした。勉強していくうちに、ワインを仕事にしようと決められたのですか?

だんだんと面白くなっていき、自分でも調べるようになりました。でも、周りの人に聞く情報にも限度があるし、当時は今ほどインターネットも発達していなかったので、情報が少なかった。やっぱり、東京に行くしかないな、と思い仙台から上京しました。モテるためだったワインが、生きるためになりましたね。

青いペイントがお店の目印!初めてでもフラッと立ち寄りやすい店構え。


向かいの店内は、一面ワインボトルで埋め尽くされている。

東京に来てから、ご自身のお店を始めるまでにはどんな経緯があったのですか?

ワインの営業していましたね。フランスなどからワインを仕入れてきて、飲食店や酒屋に売っていました。だけど、自分たちが良いと思ったワインの価値がなかなか伝わらない。
ワインって、開けてみるまで正解が分からないじゃないですか。でも、産地やぶどうの品種、格付けやお店の都合で判断されてしまうんですよね。
だんだんと、間に人を介さず、最終的に呑んでもらいたい人に届けたい。その方が、僕が美味しいと思ったワインを買ってもらえる、呑んでみたら美味しかった、ありがとう、という流れが成立しやすいと思ったんです。自分たちが商品のブランドで戦うんじゃなくて、自分たちがブランドになればいい、と。

NEW VALLEYは、商店街の道を挟んでお店が並んでいたり、ワインだけではなくてコーヒーやクラフトビール、調味料なんかも置いてあったり。お店の紹介されるときも、“酒屋”という言葉が使われているのが気になっていました。

「何屋さんですか?」とよく聞かれるんですけど、「酒屋です」と答えています。
大阪に、朝はサンドイッチ屋、昼はカレー屋、夜はイタリアンでワインも買える、“タバコ屋”があるんですよ。そこのお店の人とも仲良くて。そういう、1つの場所で時間帯によって、人も提供するものも変わっていくのが、すごく良いと思ったんです。自分がお店を始めるのなら、いろんなものが複合的に、ごっちゃになったものをやりたいな、と。
別に毎日ワインなんか呑まないじゃないですか。僕も毎日呑まないですし。ワインだけのお店にするとすごく狭まるし、商店街の中にあるんだったら、毎日人が来る理由のある場所がいいなと思っていました。いろいろな人たちがいるから、使い方はお客さんが決めればいい。

“酒屋”って言葉を最近耳にしていなかったので、印象的でした。商店街の中に“酒屋”がある意味、こだわりがあるのでしょうか?

酒屋には距離的要件っていう、半径いくつ以内には酒屋さんは一軒しかダメだよ、人口何人に対して1件まで、と昔はきちっと決められていたんです。それが撤廃されると、お酒がコンビニとかでも気軽に買えるようになった。結果、多くの“酒屋”が潰れてしまいました。
酒屋って聞くと、最近だと『サザエさん』に出てくる“酒屋のサブちゃん”の印象が強いですよね。サブちゃんって、自由に人の家の勝手口開けて入ってくるじゃないですか!それぐらい街で信頼されている人じゃないとできない。
街にコンビニとかしかないと、子どもを見守る人がいなくなってしまう。商店街って、セキュリティというか、防犯にもなるんですよね。そういうのが失われていって、どの町も同じようなものになってしまう。

僕はその街に必要なピースを戻す、という考え方なんです。街には絶対必要な機能というのがある。クリーニング屋やパン屋、喫茶店もそうだし、酒屋も絶対必要。だから、それを戻しただけ。

この日は、小学生の頃からの友達が輸入しているというワインを開けてくれました。



ササッと流れるような手捌き。指の間から見えるソムリエナイフが時折キラッと光ります。

お店の椅子やテーブルも簡易的といいますか…。アウトドアチェアが軒先にあったり、コンテナボックスがテーブル代わりになっていたりする。近くにある『ファミレス by NEW VALLEY』もそうですが、気軽に人が立ち寄りやすい居場所つくりをされている印象を受けました。

僕が働いていた時は、割と仕事をしていたというよりも先輩や友達とご飯を食べに行っていた感覚に近い。実際ちゃんと仕事していないようでも、それでも仕事が円滑に進んでいた。
だから、お店に遊びに来る感覚で出勤してほしいんです。友達が働きに来ている場所なら、友達の友達も遊びに来たくなる環境がいい。カチッとネクタイして迎えるレストランだと、ふらっと行きづらいでしょう?

お店のスタッフの皆さんと話していても、「仕事として」ではなく純粋に楽しんでいる雰囲気が伝わってきます!店内には、数えきれない種類のワインやクラフトビールなどがありますが、どうやって探したり、選んでいるのでしょう?

クラフトビールは、好きで詳しいスタッフに任せています。ワインは、ほとんど僕の友達が輸入しているワイン。友達なので、その友達の性格も知っているし好みも知っている。だから、選んでくる品質基準とかどういうものを選んでくるのかも、呑まなくても大体分かるんですよ。

ワインの種類の数は、千葉さんの友達の数でもあるんですね。

僕、友達をつくるのが得意なんですよ!ワイン輸入の仕事をしていた時、みんな自分が輸入しているワインしか呑めないから、自分の持っているワインを持ち寄って呑む会をよく企画していたんです。その場所は青い家で、すっごく寒いの。僕のあだ名が『ムーミン』なのもあって、その場所は『ムーミン谷』って呼ばれてた。それがお店の名前の由来です。『新しいムーミン谷』!

カウンター横に飾られた、映画『ロスト・イン・トランスレーション』のポスター

ソムリエナイフに、その人の性格とか人柄が映るんですよ。色や素材、装飾にこだわる人もいれば、刃の切れ味にこだわる人もいる。その人が使っているソムリエナイフを見れば、その人と友達になれるかも大体分かるんです。





千葉さんの選んだ“愛着のあるもの”は、ソムリエナイフでした。ワインの仕事に欠かせないソムリエナイフ。千葉さんの仕事の在り方に合わせて、より無駄のない、シンプルなデザインのものへと変わっていきました。

「この映画って、日本語と英語、言語の違いが鍵になっている。言葉って、訳していくとどんどん意味や言葉が削ぎ落とされていくでしょう。一番大切な想いも情報も、話した本人が一番持っている」

店内に飾られた映画『ロスト・イン・トランスレーション』のポスターを見ながら、千葉さんが仰っていた言葉です。なんだか、ソムリエナイフやご自身がお店を始めた想いとも重なる、印象的な言葉でした。