自然のいろは|藍染め『正藍冷染』

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季節や植物によって“ゆらぎ”のある「色」、経年変化していく“移ろい”のある「色」
そんな「自然の色」を使ったモノづくりには、
草木から色を作り出す一手間、何度も重ねて染色する一手間。
決して楽ではない工程を、あえて選択するのはなぜでしょうか?
そんな“ままならない”、「自然の色」に心惹かれている方々へ話しをお聞きしていきます。
まずは、『藍染め』の“いろは”からはじめてみようと思います。

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    Mana Hasegawa

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    Mana Hasegawa

『藍染め』とは?

『藍染め』と聞くと、皆さんは何を思い浮かべますか?浴衣やのれん、手ぬぐいや風呂敷などでしょうか。身近なものだと、ジーンズがありますよね!ジーンズの青色は「インディゴ・ブルー」と呼ばれていて、昔は藍で染められていました。

明治のはじめ。日本を訪れた外国人は、日本の街並み、生活の至るところが藍染めされたモノで溢れた光景に、とても驚いたといいます。その1人が、英国人教師のロバート・W・アトキンソン。彼は藍染めの色を「ジャパン・ブルー」と表現しました。それだけ、日本の暮しに溶け込んだ色であったことが、このエピソード1つからも分かります。

まずは、草木染めの中でも、日本人に昔から馴染み深い藍染めから「自然の色」の楽しさを紐解いていきたいと思います!


「藍」色と日本の暮らし

日本には飛鳥時代〜奈良時代に伝わったとされる「藍」。貴族の生活に使われていた藍染めが、庶民の間にも広まったのは、さらに時代が進んだ江戸時代といわれています。
木綿の衣服が普及するのと同時に、木綿との相性が良い藍染めが人々から人気を得ます。「藍」は全国各地で育てられ、江戸時代では「藍・木綿・麻」の3つを三草(さんそう)と呼び、生活に欠かせない大切な植物として親しまれていました。

その「藍」への愛着は、呼び方にも現れています。「藍四十八色」と表現されるように、実にさまざまな色の呼び方があるのです!淡い水色のような色から、濃い紺色まで。色の濃淡が変われば、名前も変わります。
何度も染めてできた、紺よりも暗く濃い青色の「搗色(かちいろ)」は、“勝色”として縁起の良い色とされ、戦いに赴く武士が好んで着ていた色です。色ごとのエピソードや由来からも、日本の歴史や文化が垣間見れそうです。




「藍」という植物を知る

藍染めに使われる「藍」は、中国から伝わった“タデアイ”の仲間です。“タデアイ”の中でもいろいろな品種があり、葉の形や花の色も少しずつ違います。

それにしても、緑色の葉っぱからこんなに綺麗な青色に染まるのは不思議ですよね。「藍」色に染まる理由は、「インディガン」という物質のおかげ。
ところが、この「インディガン」という物質自体は、色がなくて透明。色のない「インディガン」ですが、空気に触れたり、太陽に当たったりすると、「インディゴ」という色素に変身してやっと、藍色となって目に映るようになります。

“ちぢみ藍”とも呼ばれる「赤茎小千本」という品種のタデアイ

日本最古の染色技術『正藍冷染(しょうあいひやぞめ)』

初代・千葉あやのさんが染めた貴重な布。ここまで深く濃い藍色に染めつつ、文字の部分を綺麗に残すのはとても難しいそうです。

村には必ず、“紺屋”と呼ばれる『藍染め』専門の染め屋さんがあったほど、かつては「藍」で溢れていた私たちの生活。しかし、現代はどうでしょうか?時代とともに、より安価で簡単に染められるインド藍や科学染料の輸入により、次第に藍染めは衰退していきました。


代々『正藍冷染』を受け継ぐ「千葉家」

宮城県栗原市の千葉家に代々伝わる『正藍冷染(しょうあいひやぞめ)』。その特徴は、自然の温度で発酵させること。
現在でも行われている藍染めは、発酵加減を加熱して調整することで、年中染められます。また、染めるために使用する、藍の葉を発酵させた蒅(すくも)を専門の藍師から仕入れて染めるのが一般的です。

一方で、『正藍冷染』が染められる期間は、初夏のほんの少しの期間のみ。さらに、藍の栽培から自然発酵、染めるまでを一貫して行います。この『正藍冷染』は、日本最古の染色技術とされています。

4代目・千葉正一さん

明治から大正時代にかけては、栗原市内でも藍染めをする家庭がありましたが、昭和20年代には千葉家のみになったそうです。この『正藍冷染』は、ただ染めるだけではなく、その作業は藍の種蒔き、藍を育て、収穫し、藍玉をつくり、藍建てし、織る、染める。この一貫した作業は、とても手間ひまがかかると同時に、数年ではなかなか身につかない技術でもあります。

昭和30年には、『正藍冷染』が貴重な技術であることが認められ、初代・千葉あやのさんが国の重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に指定されました。その後も2代目・千葉よしのさん、3代目・千葉まつ江さん、そして4代目・千葉正一さんへと受け継がれています。他の地域では絶えてしまった技術を守り、後世にも残すべく千葉家が継承し、今に至ります。

四季を通して『藍』と暮らす

藍染めの道具が並ぶ作業部屋。そのどれもが藍色に染まっています。

染められるのは一年に一度だけ。春に藍の種を蒔き、夏に染め、秋冬は染めるための準備を進める。その手間ひまや藍染めに費やす時間は、計り知れません。千葉さんに、「藍染めは農業なのでしょうか?」とお聞きしたところ、「農業ではないと思います。生業というよりは、暮らしの一部」と仰っていました。

『正藍冷染』を守り続け、藍と共に暮らす千葉さんは、きっと「自然の色」に心惹かれているに違いない。そして、私たちが忘れかけている日本の文化や自然への恩恵を思い出させてくれるような気がします。

この度、千葉正一さんのご協力を得て『正藍冷染』の藍の収穫から染めるまでを追わせていただけることになりました。自然がつくり出す色の奥深さ、生活に取り入れる豊かさや楽しさを探求しながら、私たちと一緒に、「自然の色」への理解を深めていきませんか?









参考
仙台・宮城のてしごとたち 手とてとテ「正藍冷染とは」
藍のある暮らしをはじめよう
藍染め/NHK美の壺
そだててあそぼう アイの絵本/農文協の園芸絵本シリーズ