自然のいろは|正藍冷染「藍の床伏せ」

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季節や植物によって“ゆらぎ”のある「色」、経年変化していく“移ろい”のある「色」
そんな「自然の色」を使ったモノづくりには、
草木から色を作り出す一手間、何度も重ねて染色する一手間。
決して楽ではない工程を、あえて選択するのはなぜでしょうか?
そんな“ままならない”、「自然の色」に心惹かれている方々へ話しをお聞きしていきます。
今回は、日本最古の染色技術といわれる『正藍冷染』をされている
4代目・千葉正一さんの元へ伺い、「藍の床伏せ」の様子を見せていただきました。

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    Mana Hasegawa

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    Mana Hasegawa



2024年、最初の大安。1月6日、千葉さんが『藍の床伏せ』をするとのことで、新年の挨拶とともに宮城県栗原市へ。例年だと雪がちらつく宮城県ですが、全く雪の気配がなく…。
「藍の床伏せの作業は、寒い方が良いんです。昔はまだ外が暗い、明け方に行っていました。この暖冬が作業に影響しないといいのですが…」千葉さんも少し不安そうです。

『藍の床伏せ』とは、藍染めに使う“藍玉づくり”に欠かせない、藍の葉を発酵させる工程です。簡単に説明すると、藁でベッドをつくり、藍の葉を寝かしつけてあげるイメージでしょうか!『藍の床伏せ』の作業は、1月上旬に行い、3月末ごろまでそっとしておきます。

とはいえ、なかなかイメージしづらい作業ですよね。どうやって藍の葉を発酵させるのか?早速、作業を見ていきましょう!

お庭にある池に藍の葉が入った網袋を浸していく



まんべんなく葉が浸るように、竹棒でつついていく



8月と9月に収穫された藍の葉は、優しく揉転がされ、カラカラに乾燥させます。そうして保管された藍の葉を、まずは池の水へ。カラカラの藍の葉がまんべんなく水に浸るように、竹棒でつつきながら転がしていきます。雪が降っていないとはいえ、気温も低い中の水場作業。体も冷えます。

「ここまで暖冬だと、上手く発酵するか心配です。発酵が進まない場合は、湯たんぽなどで温めてあげると聞きましたが、私は経験したことがないのです」
『藍の床伏せ』の作業以降から、緊張感が増すと仰る千葉さん。教えの通りにしても、気温や藍をコントロールすることはできません。藍を建てる5月頃まで、藍の色が出るかどうか…自然を相手にするからこそ、の緊張感が続いていきます。

葉を水に浸している間、土間に“床”=藍のベッドを用意していきます



藁で囲み、筵(むしろ)で覆っていきます



藍の工房に現れた、“床”と呼ばれる藍のベッド。ここに藍の葉を寝かせていきます。藁(わら)を束ねたものでくぼみをつくり、筵(むしろ)で囲っていきます。この藁も、千葉さんが田んぼで育てた稲からとったもの。秋に収穫し、刈り取っておきます。

「この筵(むしろ)も、つくる人が減ってしまいましてね。手伝いに来てくれている水谷くんが、職人さんを探してくれたんです。おかげで数年分は足りそうです」

藍を育て、お米を育て。藍染めに必要なものは、昔からほとんど自分で育てている千葉家。それでも、楢の木の薪、筵(むしろ)など、どうしても手に入りづらくなっているのが現状です。『正藍冷染』という伝統技術を守るためには、森林問題や職人さんなどの担い手不足と、さまざまな問題と一緒に考えていく必要があることに気付かされます。

澄んでいた池の水も、だんだんと藍色に。



十分に浸った藍の葉を池から掬い、“床”を準備した工房へと運んでいきます。藍の網袋の数は、およそ40袋ほど。鯉の泳ぐ姿も澄んで見えていた池は、気がつくと藍色に変わっていました。

外作業をする時、工房に入る時。千葉さんは履いている長靴を履き替えます
「藍は汚いものを嫌うのです。外の土や汚れは、藍のいるところへは持ち込まないようにします」

準備した“床”に、藍の葉を敷き詰めていく



半分ほど敷き詰めたら、20度ほどのぬるま湯をかけていく。お茶っ葉のようないい匂いが漂う。



「藍の神様に手を合わせなくては」
工房にある神棚に手を合わせる千葉さん。無事に藍の色が出るように、願いを込めます。神棚に祀られているのは、『愛染明王様』です。初代・あやのさんが、仙台の仏師さんにお願いして彫ってもらい、栗駒山の愛宕神社で魂をいれていただいたという『ほんとうの藍染明王様』です。

作業もいよいよ大詰め。“床”の中へ水に浸し終わった藍の葉をどんどんと入れていきます。時折、踏みしめながら敷き詰めた藍の葉に、ぬるま湯をかけ、さらに藍の葉を重ねます。藍の葉をすべて入れ終わると、筵の端を折り込み、重しでふたをしていきます。

木枠も使いながら、重しを乗せていく



やさしく毛布をかける千葉さん



重しを乗せ、さらに毛布をかけてあげます。その様子はまるで、大切な藍を寝かしつけているよう。千葉さんの手によって眠りについた藍は、そっと置いておくことで自然と発酵し、どんどんと熱をもっていきます。

「これから毎日ここにきて、隙間から手を入れて確認するのです。あったかくなっていれば、発酵している証拠。問題なければ、10日間くらいであったかくなるはずです」
順調に発酵が進んだら、2回ほど“切り返し”という、上下をかき混ぜてあげる作業を施します。そうしてお世話をした藍の葉は、4月頃までそっとしておきます。

作業が終わると、再び神棚に手を合わせ片付けをする千葉さん(左)と毎年お手伝いをしている水谷さん(右)



上手く発酵が進むか心配でしたが、後日、千葉さんから無事温まっている旨をお電話いただきました!このまま発酵し続けながら、春の訪れを待ちます。次の作業は、いよいよ“藍玉”づくり!そして、また来年の『正藍冷染』に使用する藍の種蒔きが待っています。



プロフィール
正藍冷染(しょうあいひやぞめ)|4代目・千葉正一さん
宮城県栗原市の千葉家に代々伝わる『正藍冷染(しょうあいひやぞめ)』。その特徴は、自然の温度で発酵させること。藍の栽培から自然発酵、染めまでを一貫して行う『正藍冷染』は、日本最古の染色技術とされています。
昭和30年には、『正藍冷染』が貴重な技術であることが認められ、初代・千葉あやのさんが国の重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に指定されました。その後も2代目・千葉よしのさん、3代目・千葉まつ江さん、そして4代目・千葉正一さんへと受け継がれています。他の地域では絶えてしまった技術を守り、後世にも残すべく千葉家が継承し、今に至ります。