保存食のすゝめ|“味噌探究家”が綴る、味噌の世界
プロフィール
こふじなお|味噌探究家
埼玉県出身の25歳。大学時代、長野県岡谷地域の味噌産業の歴史について研究に取り組み、味噌からその土地のくらしを知ることができる面白さに魅了される。
現在は会社員として働きつつ、味噌の魅力や味噌を通した地域の歴史を伝えるイベントなどを実施。今年発刊の岡谷蚕糸博物館紀要にて「岡谷の製糸業と味噌醸造業」寄稿。
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味噌の歴史を研究すること
はじめまして。味噌探究家のこふじなおです。
こう言うと決まって「農学部出身ですか?」と聞かれます。いいえ。文学部史学科出身です。味噌といっても発酵の原理や栄養成分などの「化学」ではなく、暮らしの中でどのように味噌が作られ、食べられてきたのかを紐解く「歴史」を研究しています。
しかし元々味噌が好きで、歴史が好きで、味噌の歴史を研究するために史学科に進学したわけではありません。
私の実家ではありがたいことに毎日食卓に味噌汁が並んでいましたが、当たり前すぎて気に留めたことはありませんでした。そして歴史も大河ドラマはよく見るかな、くらいの感じ。
そのため大学に入学してからも歴史研究に没頭!というより、資格を取ってみたり、パン屋でバイトをしたり、1ヶ月間アイルランドに留学に行ってみたり…余りある時間を埋めるように、新しいことを始めていきました。そこで始めたものの一つが料理です。
お弁当を作ったり、時には母と夕飯の支度をしたり。毎日欠かすことのできないごはんを自分の手で作ることに達成感と心地よさを感じていました。
そんなとき『胃袋の近代』という本に出会いました。
工場の食事に並ぶ漬物。東京の下町で多くの働く人びとの胃袋を満たしてきた食堂。物価が高騰する中、生活必需品を低価格で買えた公設市場。
どこか他人事のように感じてしまう歴史でしたが、食を通して人びとのくらしが見えてくることの面白さを知り、歴史との距離が縮まりました。生きるために欠かすことのできない食は、どこか「他人事」に感じてしまうこととの距離をぐっと縮めてくれるものだと思います。
この記事では私が味噌を通して感じる楽しさや味噌で生活をちょっと愉しくする工夫について、お伝え出来たらと思います。
味噌の歴史
あらゆる食の中で、味噌は日本で千数百年の歴史があり、日本の食卓に欠かすことのできないとても身近な存在です。生産する地域の気候や風土、各蔵に住んでいる菌によって様々な味噌が作られています。あることが当たり前すぎる味噌から、地域の歴史、そこで暮らす人びとの生活、くらしの温かさ、誰かと繋がっているような心地よさは、なんだか安心します。
まずは現代の味噌に繋がるまでの歴史をさかのぼってみましょう!
味噌のはじまり
味噌は醤(ひしお)という食物を塩でつけた発酵食品が変化したものだといわれています。
日本で最初に見られる記録は701年の「大宝律令」。貴族の食事に醤が出されていたことが記録されています。また、「正倉院大日本古文書」の中で730年に記録された「尾張国正税帳」には、醤や未醤が諸国の税として徴収されていたと記されています。
このように千数百年前から書物にも記録されている醤に始まる味噌は、各時代でどのように食されてきたのでしょうか。
味噌の変遷
時代ごとで求められることに対応することで変化し、日本の食卓に浸透していった味噌文化のあゆみを見てみましょう。奈良・平安時代、味噌は貴族の豪華な宴会に欠かせないソースのような調味料として食されていました。鎌倉時代に入ると、ソースのような使い方だけでなく、味噌汁の形でも味噌が食されるように。
鎌倉幕府による節倹奨励により武士は粗食をうながされ、米や麦に味噌汁をかける「汁かけ飯」を食していました。室町時代には農業技術の向上や、農業経営が発展したことにより大豆の生産も飛躍し、それにより農家一般に味噌づくりが普及。
戦国時代には戦の食糧として味噌が重要視されていきます。豊臣秀吉が味噌を高値で農民から買い取ったり、武田信玄が信濃(長野県)遠征にあたって街道沿いの地域に大豆の増産を図り、味噌づくりを奨励したり…いかに武将たちが味噌を兵糧として重要視していたかが分かります。
そして江戸時代に味噌は必需品となり、さらに「味噌買う家に蔵がたたぬ」と言われるほど、味噌を自分の家で作るようになりました。
一方で、江戸府内では味噌を購入する文化が芽生え、味噌醸造家も多く、また江戸周辺から味噌が入って来ることもあり、それは味噌問屋を通して売られていきます。
商品としての味噌の歴史 〜全国味噌生産量No1「信州味噌」〜
このように味噌は日本人の食生活に欠かすことのできないものになっています。江戸・東京をはじめとする都市では味噌を買う文化が芽生えていましたが、地方では明治時代に入ってもまだまだ味噌は買うものではなく、自分で作るものでした。
では、今でいう「信州味噌」のような都市へ出荷する地方の産地はいつ、どのように発展したのでしょうか?全国一の味噌産地に成長した「信州味噌」の歴史から味噌産業の発展のあゆみを追ってみましょう!
工女さんのための手前味噌
自然環境、そこで暮らす人びとの営み。味噌産業発展の背景には様々な要素があります。
「信州味噌」の歴史を紐解くと見えてくる要素の1つが製糸工場ではたらく女性、「工女さん」のための手前味噌。工女さんの胃袋を満たしてきた味噌は、いつしか長野県を飛び出し、東京をはじめとする県外の胃袋を満たすようになっていきました。
明治時代から、長野県で盛んに行われていたのが繭から生糸を取る製糸業です。製糸工場ではたらく”工女さん”たちの楽しみの一つが食事!毎食だされていた味噌汁に使う味噌は、各工場の手作りで工女さんも一緒に味噌を仕込んでいました。
・震災をきっかけに広まる長野の味
東京で食べる分の味噌は東京で生産するのが主流であった時代、関東大震災で東京の6割の味噌屋が被災すると、味噌不足に陥ります。政府の指令により各地から東京へ味噌が集まる中、「長野県の味噌っておいしい!」とじわじわと長野県の味噌の評判が高まりました。
・製糸から味噌へ
昭和恐慌期、製糸業の商品である生糸の価格は大暴落。製糸家たちは工女さんのための手前味噌作りの経験を活かして味噌屋へ転業。関東大震災以降、東京でじわじわと高まる長野県の味噌への評判も追い風となり、長野県の味噌生産量は増加します。
・兵隊さんのための”粉味噌”
太平洋戦争にはいると統制や原料不足により味噌生産は制限されますが、兵隊さんの食料の1つである「粉味噌」需要がアップ。これに対応することで味噌産業発展のあゆみを止めず、いよいよ大発展期を迎えます。
・団結して長野の味を全国に
戦後、県内の味噌屋さんが団結し、原料の仕入れ、商品の検査、県外への販売を協力して行う仕組みを作り、「信州味噌」ブランドを形成。全国一の生産地に発展していきました。
こちらでは、長野県(信州)で生産されている「信州味噌」が、全国味噌生産量No1へと発展する歴史をご紹介しました。「信州味噌」の発展には、“製糸工場ではたらく女性「工女さん」のための手前味噌”が関わっていたのです。このように、味噌を知ることで当時の人々の暮らしや食事、時代背景が浮かび上がってきます。
多種多様な味噌
味噌の原料は「大豆・麹・塩」のみ。シンプルな原料から様々な味・色・香り・質感の味噌が全国各地で作られ続けてきました。日常すぎるあまり、自分が使っている味噌、ましてや友人、上司、後輩、恋人…周りの人が使っている味噌について気になった事って意外にないのかもしれません。
しかし、旅行から帰ってきて自宅の味噌汁の味にホッとしたり。
遠方に引っ越しても、味噌だけは実家から送ってもらったり。
いろんな味噌に浮気したとしても、結局小さいころから食べている味噌に落ち着いたり。
私も味噌にハマる前は、「これは〇〇県の△△味噌だ。」と認識して飲んでいませんでした。しかし味噌の歴史を研究するようになってから、「うちって信州味噌と八丁味噌の合わせ味噌の味噌汁なんだ」や、スーパーの味噌売り場は想像以上に広く、長野県を中心に愛知県、新潟県、鹿児島県…様々な地域の味噌が並んでいることに気づきました。
普段どんな味噌を使っているのか、味噌にはどんな種類があるのか、見ていきたいと思います。
味噌の種類
味噌は麹菌というカビを生やした麹の種類で分類できます。麹菌は「酵素」を生み出し、「大豆と麹と塩を混ぜたしょっぱいもの」を、旨み、甘み、コクなどなど、様々な味が混ざりあう美味しいものに変化させます。
その麹菌を米に生やせば「米麹」、豆に生やせば「豆麹」、麦に生やせば「麦麹」になります。そして使用する麹によって「米味噌」、「豆味噌」、「麦味噌」に分類されます。
そして味噌の種類は地域によって違いが見られます。ただ、埼玉県でも麦みそが作られていたり、福岡県では麦よりも米と麦の合わせ味噌が多かったり、はっきりとした境界線はありません。
「米味噌」は北から南まで最も広い範囲で作られています。日本三大メーカーの主力商品も米味噌であるため、馴染みのある方が多いのではないでしょうか。
「豆味噌」は愛知県・岐阜県・三重県の東海3県で作られています。濃厚な色と味が特徴で、食べ比べのワークショップをすると、その濃さに「おお!」と声が上がります。
そして「麦味噌」は主に瀬戸内や九州で主に作られています。淡い色やすっきりとした甘さで食べやすい印象がありますが、麦味噌の中でも色が濃くしっかりとした味わいのものもあります!職人さんの中には「熟成をしっかりさせた方が好きなんだよなあ」とおっしゃる方もいらっしゃいます。
色と味
同じ麹を使っても同じ色にも同じ味にもならず、多様な味噌が生まれるのが味噌の面白いところ。たとえば同じ「米味噌」でも、関東の方に馴染みのある、山吹色で旨みのあるしょっぱさの「信州味噌」から関西のお雑煮でおなじみの淡いクリーム色でまったりとした甘さの「西京味噌」まで色や味は多種多様です。
さらに「信州味噌」の中でも甘いものからしょっぱいもの、色の濃いものから薄いものまで様々あり、一言では言い表せません。では色や味はどんな要素が関係しているのでしょうか。原料の割合や熟成期間に注目してみましょう。
<味>
塩分量
塩の量が多いほど当然塩味が増します。塩が多いと長期熟成が可能になり、熟成期間が長くなるほど、塩みもツンとした鋭いしょっぱさから、角が取れてやわらかい塩味になります。
麹歩合
塩分が同じ場合、麹の量が多い方が甘さが増します。味噌のパッケージには「麹歩合」という言葉が書かれています。「麹歩合」とは大豆に対する麹の量で、大豆10に対し麹も10なら「10割麹」、大豆10に対し麹が7なら「7割麹」というように表します。ぜひお好みの割合を探してみてください!
<色>
熟成期間
色の違いはメイラード反応によるもので、熟成期間が長くなるほど色は濃くなります。
※メイラード反応・・・味噌の中のアミノ酸と糖が反応し色が褐色に変化すること。
大豆を煮るか蒸すか
また、大豆を煮ると色を変化させる原因である糖などの成分を取り除けるため、メイラード反応が起こりにくくなり、色は淡くなりやすく、一方で蒸すと色が濃くなりやすいです。
和洋中使える万能調味料味噌
原料・味・香り・舌触り…全国各地には様々な味噌があり、違いを楽しむのが楽しい一方、こんな声も聞こえてきます。「味噌って味噌汁以外に何に使うの?」「そんなにたくさん味噌を買って、よく使い切れるね!」よく友人からも聞かれる質問です。
私は、味噌って究極何にでも使えると思うのです。
カレー、シチュー、グラタン、エビチリ、パスタ、チーズケーキ、生チョコ…。和食でも、洋食でも、中華でも、スイーツでも。深いことは考えず、とりあえずいつもの食事に味噌をプラスしてみませんか。どの料理にもおおかた相性がいいので失敗を恐れる必要なし。安心してチャレンジしてください。
安心感・ホームの味
海外旅行から帰ってきたとき、
久しぶりに実家に帰って来たとき、
緊張する仕事を終えてきたとき、
周りに気を使いすぎて気疲れしてしまったとき…
味噌汁を飲むとほっとする。安心する。「帰ってきた~」という気持ちになる。そんな経験はないでしょうか。
それは自分の大好きな味噌を使ったこだわりの味噌汁かもしれないし、
特に理由はないけどずっと使い続けている味噌で作った味噌汁かもしれないし、
はたまたお椀に入れてお湯を注ぐだけのお手軽な味噌汁かもしれない。
私は自分で味噌汁を作って食べたとき、帰ってきた。という気持ちになります。
どんな気分でもなんだか安心させてくれる、味噌は私たちのホームの味だと思います。
マインドフルネスに!もくもくの手前味噌づくり
大豆を蒸して(茹でて)、潰して、塩と麹を混ぜて容器に詰めるだけ。
単純な作業だけどこれが面白い。茹でた大豆をもみもみしたり、手のひらでぎゅうと体重をかけたり…。「全部潰れたかな?あ、ここに粒が残っている!あ、ここにも…!」ただ、ただ、潰すという作業だけに集中する時間はなんだか心地いい。
よく潰した大豆に麹と塩をよく混ぜたら、容器に隙間なく詰める。職人になった気分で空気が入らないよう、ぎゅううと押し込んで。あとは置いておくだけ。味噌に任せます。
我が子を育てるように発酵熟成されるのを楽しみに待ったり。作ったことを半年後に急に思い出し、あ!と嬉しくなったり。なにはともあれ、自分の味噌で作った味噌汁は格別です。
すっごく簡単なのになんだか自分を大切にできている気がします。
今回の記事では味噌の歴史と私が思う味噌の魅力についてお伝えしました。私たちの食生活から切っても切れない味噌を愉しんでみることで、ちょっとでも穏やかな気分になってもらえたら嬉しいです。
【参考文献】
笹間愛史(1979年)『日本食品工業史』東洋経済新報社
「信州味噌の歴史」編集委員会(1966年)『信州味噌の歴史』長野県味噌工業協同組合連同会
みそ健康づくり委員会(2001年)『みそ文化誌』全国味噌工業協同組合連合会
矢野正次(1958年)『醸界風土記』日本醸造公論社
湯澤規子(2018年)『胃袋の近代』名古屋大学出版会
illustration:Mana Hasegawa
『宮本みそ』さんと一緒に仕込む“味噌仕込みワークショップ”開催!
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ワークショップ情報
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場所:オンラインにて開催(全国どこからでも参加できます!)
概要:
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・宮本さんによる、味噌仕込みレクチャーと工房ツアー
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