保存食のすゝめ|【特別編:種麹屋】『石黒種麹店』

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味噌、醤油、みりん、酢、甘酒、日本酒、焼酎…
日本の発酵食品のそこかしこに存在する「麹」。
私たちの中に刻まれている“日本の味”の行き着く先は、もしや「麹」?
そんな麹の大元、『種麹』について知るため、
今回は富山県南砺市福光『石黒種麹店』の石黒八郎さんに会いに行ってきました。

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    Mana Hasegawa

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    Mana Hasegawa

そもそも『麹』とはなんだろう?

なんとなく健康に良くて、料理でも活躍する印象のある「麹」。塩麹から始まり、最近では色々な「○○麹」を見かけるようになりました。さらに、醤油、味噌、酢、日本酒、みりん、焼酎…と和食に欠かすことの出来ない大元でもあります。

“生きた麹”なんて言葉も聞きますが、さて、この「麹」とは一体なんなのでしょうか?

一般的に「麹」とは、『加熱した米や麦、大豆などの穀物に“麹菌(ニホンコウジカビ)”をつけて繁殖させたもの』を指します。「麹」には米麹や麦麹、豆麹などがあり、どのような食材を培地に菌を繁殖させるかで、出来上がる麹の種類も異なります。この“麹菌(ニホンコウジカビ)”は自然界でもよく見られるカビの一種で、日本の“国菌”にも指定されています。



「麹」と聞くと、白くてもふもふした状態を思い浮かべませんか?実は、もふもふしている姿が「麹」のゴールではないんです!発酵食品の味を決めるのは“酵素”で、麹つくりは“酵素”をつくることでもあるのです。

ニホンコウジカビが繁殖する時に生まれる酵素。中でも重要なのが、
・アミラーゼ…でんぷんをぶどう糖に分解=甘み
・プロテアーゼ…タンパク質をアミノ酸に分解=旨み

実は、人間の舌にある味蕾(みらい)はでんぷんやタンパク質だと味が分からない!酵素によって、ぶどう糖やアミノ酸に分解されて、やっと甘みや旨みが味わえるようになるのです。

麹つくりには“麹の種”が必要!

“麹菌(ニホンコウジカビ)”と日本人は、長い歴史をともに歩んできました。室町時代には麹売りがいたとされ、朝廷や幕府が麹の流通を制限する制度(麹座)なんてものまであったとか!500年以上ほど前から麹菌の種を専門に売る業者『種麹屋(たねこうじや)』も存在しており、通称『もやし屋』とも呼ばれています。

『種麹屋』の誕生のおかげで、安定した麹ができるようになり、日本の発酵醸造産業が発展します。ですが、種麹は普通の麹つくりとは違い、特殊な技能を必要とするため、一種の秘伝として受け継がれることが多く、現在は全国にも『種麹屋』はわずか数社しか残っていません。何千とある日本の発酵醸造メーカーを、たった数社の『種麹屋』が支えています。




参考資料
和食(日本の自然、人々の知恵) 公式ガイドブック
はじめての発酵ごはん |オザワエイコ、森本桃世
麹本|なかじ
illustration|Mana Hasegawa

では、ここまで知ると気になるのが、“麹の種”なるものが一体どんな姿なのか…?そこで今回は、北陸にたった一つしかない『種麹屋』である『石黒種麹店』の石黒さんの元を訪れました。

北陸唯一の種麹屋『石黒種麹店』

しとしとと降る雨も似合う、趣のある建物と「麹」の暖簾

プロフィール
石黒種麹店|種麹屋
江戸・文政年間より、富山県南砺市福光で家業として麹をつくる石黒種麹店。『種麹屋』としての創業は明治28年。北陸では唯一、全国でも数軒しかない種麹屋である。
麹は昔ながらの手作業による「こうじ蓋製法」で、たっぷりの愛情と手間ひまをかけてつくり続けている。しっかりと麹菌が入った麹を贅沢に使用した味噌、甘酒などのすべての商品は、原材料にもこだわり、安心で無添加。先人の知恵と技を変わらず守り、育てている。

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向かったのは富山県南砺市福光。富山県と石川県の間にあり、街の真ん中を小矢部川が流れています。かつては船が行き交い、商業が発展。人・物が行き交う街でもありました。

そんな昔ながらの趣がある街並みを進むと、「麹」の暖簾の文字が見えてきます。江戸時代中期に建てられたという建物から出迎えてくれたのは、『石黒種麹店』のご主人・石黒八郎さんです。
『石黒種麹店』は江戸時代後期、文政年間より麹づくりを始め、「種麹屋」として暖簾を掲げたのは明治28年。石黒八郎さんは、麹屋8代目、種麹屋4代目の当主です。種麹屋として120年以上経った今も、当時と変わらない伝統製法を守り続けています。

『石黒種麹店』の真っ白で美しい「米麹」



パネルやたくさんの資料とともに、「糀」について教えてくださる石黒さん

「どうぞ、甘酒でも飲んで温まってください」そう言って案内してくれた石黒さん。お言葉に甘えて、温かい甘酒をいただく。「甘い!」思わず声が漏れてしまうほどの麹の甘さに驚きが隠せません!

「うちの麹は『総破精(そうはぜ)』です。米の表面だけではなくて中までしっかりと麹の菌糸が入った状態を『総破精』というのです。逆に菌糸が伸びていない状態を『破精落ち(はぜおち)』といいます」

石黒さんが始めに見せてくださったのは、雪のように真っ白でホワホワとした麹です。現在は機械で麹をつくる人も増えていますが、石黒種麹店の麹づくりは、昔ながらの「こうじ蓋製法」。熟練の職人による手作業で行われています。長年の技術と時間や労力を費やすことで、麹菌の菌糸がぐんぐんと伸び、たくさんの酵素が生まれることで、甘みや旨みの強い『総破精』の麹が完成します。

「麹と糀の違いはご存知ですか?『麹』は中国からやってきた漢字で、『糀』は和製漢字なんです。麹菌(ニホンコウジカビ)の胞子が、米に花が咲くようにみえる様子を表しています。なので、『糀』は米麹にしか使わないんです」

左が「白専」、右が「甘露」と名付けられた“種麹”



「ここにあるのが、うちでつくっている“種麹”です。この粉のように見えるものが、麹菌の“胞子”を集めたもので、植物でいうと種に相当します。現在、6種類の“種麹”をつくっています」

気になっていた“種麹”との対面です!一見すると粉にみえるものから、もふもふとした麹ができるとは…。自然の神秘を感じますね。本来、麹菌の胞子は緑色しており、麹の持つ力も緑色の“種麹”の方が強い。しかし、味噌や甘酒をつくっても着色が強くなるため、主に『石黒種麹店』でつくる発酵食品は、菌糸も胞子も白い「甘露」と名付けられた“種麹”を使っているそうです。
この“種麹”の製法は一子相伝で、奥さんも従業員もつくり方を知りません。代々受け継いだ製法を1人で守っていた石黒さんですが、2019年より5代目になる息子さんへ“種麹”づくりを教えています。まさに秘伝の技術。その秘密を少しだけ教えてくれました。

「麹の胞子を培養する過程で、椿の灰を撒くんです。椿の灰はアルカリ性なのですが、その環境で生きられる菌は麹菌だけなんです。そうして、雑菌は死滅し麹菌だけが育つように仕向けていきます。さらに、灰の成分は麹菌の養分にもなります。
そのためだけに、椿の山を昔から持っていましてね。夏になると、2週間ほどかけて椿の葉を集めるんです。山にはオロロがたくさんいて大変なのですよ。オロロってご存知ですか?アブのことです」

ユーモアも交えながら、様々な研究結果に基づいた情報を教えてくれる石黒さん。麹への研究熱心さが伝わってきます



「菌は生き物。いい麹をつくるために甘やかしちゃいけません。甘やかした麹菌は、表面の水分に溶けた栄養で満足してしまい、米の中まで菌糸を伸ばしません。菌糸を伸ばす過程で、麹菌は酵素をたくさんだすのです。だからこそ、甘やかしてはいけないんです」

麹菌を甘やかさないこと。それは簡単なことではありません。人の都合や機械の効率化に頼らず、自然やあらゆる環境に細やかに対応できる熟練の手作業が必要です。そして、菌という目には見えないものへの愛情が不可欠なのです。

プロの料理人、著名人のファンも多い『石黒種麹店』の発酵食品。ぜひ一度、ご賞味あれ!



「発酵食品ブームもありますが、健康のためには毎日少しずつでも続けることが一番の近道だと思います。一度にたくさん摂るんじゃなくて、ですね。
私が冗談まじりに話すのは、たくさん笑って欲しいからです。笑うと“ナチュラルキラー細胞”が活発になって免疫力が高まるんですよ」


帰り際、石黒さんが笑顔でそう話してくれました。1人で食べるご飯より、誰かと一緒に楽しく食べるご飯の方が美味しい。ご飯とお味噌汁の並んだ食卓で、みんなで「いただきます」を言うことは、心も体も、細胞も喜ぶ豊かな時間なのかもしれませんね。